KinKi Kidsの強靭な物語性
KinKiさんのファンになって、もうあとひと月で1年・・・。果てしない魅力に底なし沼にはまった感あるなと自覚しつつ、最近、”KinKi Kids”の「物語性」が強いあまりにその「物語」の力にひれ伏していわゆる「尊い」気持ちがわき起こってくる…というのが、分かりかけてきた。
発売中の月刊テレビジョンで、長瀬くんがジャニーズのグループに対してメッセージを寄せていた。その中で、彼は同世代で交流も深いKinKi Kidsを「光一と剛が肩を組んでいるだけでグッとくる」と評していた。
私は、これはKinKiさん”尊い”案件じゃない?って思った。
~20年以上も一緒にいたら、互いに肩を組むことも大して話すこともなくなるもんだけど(笑)~中略~
2人のこれまでの道のりが決して平たんではなかった何かを感じるから。だからこそ、2人が並んだ瞬間に”あぁいいなぁ”って、思っちゃうんだよね。~
”2人のこれまでの道のりが決して平たんではなかった何かを感じる”けど、普通だったら”互いに肩を組むことも大して話すこともなくなる”くらい20年以上一緒にいる2人が、”肩を組んでいるだけで””あぁいいなぁ”って、長瀬くんは心を動かしている。
このことは、KinKi Kidsの「物語」の強力さを証明していると思う。
ここでの「物語」は、「決して平たんな道のりを歩んできたわけではないだろう2人が、20年以上一緒にいる今でも、互いに肩を組んで目の前にいる」ってこと・・・。確かに、ファン目線からでも、この「物語」は力強い。
長瀬くんの心を動かしたこの「物語」は、長い期間にわたって続けば続くほど、より説得力が出て「物語」としての強度を増す。だから、「物語」の威力は、「継続性」に比例しているといえる。
実は「継続性」というのは、KinKi Kidsの特色の一つなんじゃないかな、と最近感じている。理由は後で説明するけど、この「継続性」のためにKinKi Kidsの「物語」がすさまじい威力を持って心に響くのだと思う。
その「継続性」以外にも、KinKi Kidsの「物語」が強力な理由いくつかある。
まずはやっぱりKinKi Kidsの成り立ちとしての「運命論」。
”堂本”という全国で5000人しかいない名字の男の子2人が同じ年に生まれて、同じくらいの頃にアイドルを志して、出会ったこと。
「運命に導かれて、堂本光一と堂本剛が出会った」という、もはや現実離れしているほどの「物語」の説得力の強烈さ。この「運命」が、彼らの「物語」の基礎設定になるんだなあ。
(”同じ名字の二人組アイドルグループ”って、KinKi Kidsをあまり知らないときはすんなり理解できてないほどだった。堂本って襲名制なのかな?もしくは、堂本グループとか?なんて、頓珍漢なことを思っていた…。)
また、KinKi Kidsが二人組で「I」&「You」型の構造で成り立っているグループというのも、自然と彼らの「物語性」を高めるように作用してる。
「I」&「You」型というのは、一人称単数と二人称単数の世界観のグループってことを言いたい・・・つまり、「おれ」と「お前」で完結する世界。
他のだいたいのグループは、「We」型だ。
つまり「おれたち」の世界観。「おれたち」と「君たち(=ファン)」の距離感。(追記:Ourって書いてたので訂正…)
それに対して、KinKi Kidsが使う二人称は相方のものだ。(例:光一くんの私物を昔から保管していた(?)という「オマエ袋」。)だから、KinKi Kidsの「おれ」と「お前」の距離感は、普通のグループの「俺たち」と「君たち」の距離感より、おかしいほど近いものになる。
それがどういう効果を生むかというと、例えば、歌を歌うとき。
「ボクの背中には羽根がある」で
「ずっと君と生きてくんだね 胸に頬寄せて確かめる」
「どんな辛い未来が来ても 二人だったら乗りきれるさ」の部分をソロのミュージシャンが歌うと「君」との距離感は人それぞれ想像するものが異なるだろう。
もし他のアイドルグループの誰かが歌ったら、「君」との距離感は「ファン」との距離感が連想されるだろう。
でも、KinKi Kidsが歌う場合の「君」との距離感は、そのまま2人の距離感が投影されて、より切実で重い印象になる。(歌詞を書いた松本隆センセも絶対その効果を分かってて、「二人だったら乗りきれるさ」とか書いてる気がする…。)
つまり、2人の近い距離感と歌の歌詞が結びつけて考えやすくなって、その楽曲とKinKi Kidsとの透明なリンクは、時にはKinKi Kidsの「物語」を補強したりする。
KinKiが「おれ」と「お前」の2人の世界を作ってしまうから、MC中にファンが放置されるという状況も発生する。
「おれたち」と「君たち」のトークから抜けだして、「おれ」と「お前」の世界に入ってしまうと、ファンは「はいはい、私たちはモブですよ^^」っていう第三者的なポジションを甘んじなければならない。ううー、悔しいね!(満面の笑み
ここで、前述の長瀬くんのKinKi評に戻ってみる。
長瀬くんは光一さんとは学年も一緒で親友だし、剛さんとは一緒にストリートライブしていたくらい2人共と交流がある。
そんなわりと親しい間柄なのに、今回のメッセージではファンと同じような第三者的な離れた距離感でKinKi Kidsを見ている。
KinKi Kidsに対して第三者的な目線を持ってるひとは、他にもいる。
例えば、中居くんは「KinKi Kidsともなったら、死ぬ時とか同時に死んでほしい」という名言を残したり。タッキーは、2015-2016カウコンのリハーサルで光一さんの立ち位置が違っていたらしいところを、剛くんが口で言うだけじゃなくて肩を持って直してあげているところを見て、「すごいとこ見ちゃったな」ってラジオで報告している。
長瀬くんも中居くんもタッキーも、ファンと同じ第三者的な視点でKinKi Kidsを見て、なんなら2人の「物語」にちょっと夢を見ているところがある。(・・・これ、拓郎さんも「危険な関係」という歌を作ったりして、同じニオイがする(笑 )
それは長瀬くんも介入できないほど、2人の「I」&「You」の世界が確立されていて、2人の間に存在している何かの正体も全然掴めないから、「物語」を補完して、「物語」の消費者側に回らざるをえないことを示してるんじゃないかな。
それぐらいKinKi Kidsの「物語」は長い年月とともに強靭なものに、また、いわゆる「尊い」ものに進化しつづけているってことなんだろう・・・今回の長瀬くんの言葉から、それが分かる。
私は単純に、「物語」を紡ぎ続けるKinKi Kidsを守りたいと思う。なぜなら、KinKiの「物語」のように強力な「物語」に触れることによって、魂が救われる瞬間があって、それが「物語」の効能だって思うから(追記:昔、そういう論を何かで読んだ気がする>物語の効能)。
最後に、KinKi Kidsの特色の一つでもあると個人的に思う「継続性」について。
ここにも、“二人組アイドル“の強みが絡んでくる。
一つのエピソードが綻びもなく長い期間にわたって続くためには、「おれ」と「お前」という最小単位が一番やりやすい。だから、KinKi Kidsは「継続性」を保持しやすいグループだといえると思う。
例えば、年末に大活躍したトロンボーンをファン目線で簡単にまとめると、
・まず、初出は12月2日のFNS歌謡祭。特に何の説明もなく、剛さんがトロンボーンを持っている。
・12月19日のキンキコン(大阪)初日で、光一くんキッカケで剛くんのトロンボーンソロ入れようよ!って話になる。
~このとき、ファンはまだトロンボーンの由来を知らない。~
・次の日、20日のブンブブーンの放送(東京)、クリスマスプレゼント交換の企画で、トロンボーンが光一さんから剛さんにランダムでプレゼントされたものだと知る。
・20日のキンキコン(大阪)で剛くんのトロンボーンソロが入る。KinKi初心者の私は、まさか本当にやるとは…!KinKiってすげえ。やると言ったらやる…『スゴ味』がある!という感想。
・31日の東京ドームコンで光一さんが「つよしくんはさ、あのー、トロンボーンのことどう思ってる?!これからどうしていく?」ということを思い切って聞く。
・1月1日のドームコンで、剛さんから光一さんにピンクのトロンボーンが贈られる。2人でファンを放置して、楽しそうにトロンボーンを吹いたり持ったりしている画が撮られる。
この一連の流れが存在することと、1月1日に最終的にハッピーエンドを迎えていること。
最初にFNS歌謡祭でトロンボーンを見たときは、こんなことになるとは予想もしていなかったこと。
結果、黄色とピンクのトロンボーンは品切れ状態に。
ファンは断片的な「物語」を繋ぎあわせて補完して、KinKi Kidsの「物語」を捉えようとする。2人の間では確実に一貫性のある「物語」だから、補完してしまうのだ。それだけ、KinKi Kidsの「継続性」は保証されているってことだ。
アニバコンで、光一さんが「MAからのプレゼントは身につけてる」って言った時、剛は自分があげた色紙がポンって置かれてるの見て「俺のは身から外してるのに!」って怒ったじゃん………それを踏まえて色々思い返すとさ……もしかしてもしかしてさぁ pic.twitter.com/uVDmfH1age
— 七日 (@__nanoka__) January 17, 2016
これも、もしかしたら一貫性のある「物語」の可能性を秘めている・・・今も継続して。
「物語」は、だた受け取り手が欲しているものであって、本人たちが積極的に広めようと思っているものではない(追記:事実かどうかとは違う価値観のもので、受け取る側の受容の仕方、のようなものだから)。
だからこそ受け取る側は、離れたところに立って「物語」が生まれるところを見守っていけたらいいな~とか思ってる。
これからも、もっともっと強力なKinKi Kidsの「物語」を目の当たりにしたい。
(↓おまけでこれもいろんな「物語」が混在してるって思う。)(上記と下記のツイート、参考として貼り付けさせていただきます、ありがとうございます。)
撮影許可を歩道までしか取ってないとKinKi Kidsの場合はこうなりますまとめ。 pic.twitter.com/bqz1qkKhsU
— 心実(.゚ω゚o[KinKi派]o (@33Kixstorm) January 21, 2016