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気休めの音楽を流す

ふたりに夢を見つついまさらどんどん沼に沈む

愛のかたまりは固体じゃない

愛のかたまりを二人が歌ってるの見ると切なくて泣ける

歌詞から「変化に対する期待と不安」を感じるんだけどそれがあのとき(といっても、当時のことは知らないんだけど)のKinKiから生まれて、その曲を生み出してから「変化した」二人が歌ってるってことに、なんかもう、物語性を感じずにはいられない。しかも、終着点は未だに見えなくて、これからも二人は「変化していく」と思うと、な…。

「ずっと」とか「永遠に」とか「変わらない」ことを歌う歌は多いんだけど、「変わっていく」ことを歌う曲はあんまりない気がする。「変わっていくこと」が前提にあると、「今」っていう瞬間が引き立つ。変わってしまうから、今、この一瞬はすぐに過ぎ去ってしまう。ずっとあるものではない、永遠ではないという意味で貴重なものになる。

「変わっていくこと」に愛しさと不安を感じながら、今この瞬間は「日々が愛のかたまり」「最後の人に出逢えたよね」っていう、この刹那的な歌詞。(「日々が」も「最後の人」も不確定な未来を含んだ、この後変わってしまうかもしれない「今」感の強い言葉。)

そういう「日々が愛のかたまり」「最後の人に出逢えたよね」みたいな「今」の歌詞がずっと歌われ続けることによって、「今」が「ずっと続く」っていう魔法にかかる。そこがミソだと思うんだ。結果的に、「変わらない」ってことになっちゃうから。「変わっていく」ことを強く感じさせる歌なのに。

この曲が二人から生まれたときから、「変わっていく」ことは「変わらない(変わっていくことは、絶対)」し、「日々が愛のかたまり」や「最後の人に出逢えたよね」といった歌詞で象徴される「今(=あの頃の今)」は、「今」も「変わらない」。そしてその歌詞を歌う「変わっていった」、あるいは「変わっていく」KinKiの二人。月日が流れて二人が、KinKiが変化していく中にも、やはり「今」でも変わらないものはあるという希望を感じさせてくれる。そこに心動かされる。

こういう歌詞が剛さんから出てきたのは、やっぱり未来が不確定で唯一確かだったのが「変わっていく」ということだったのかなと思うと、あの頃の「今」をただ一生懸命にやってたんだなって、なんか、いろいろ妄想してしまうし、こういう刹那的で未来も過去も無い感じがまたKinKiっぽい。

愛のかたまり」って曲名も象徴的だ。イメージ的に、「愛のかたまり」ってなんとなく液体というか、カタチが勝手に「変わる」性質のものって感じ。でも、KinKiが歌いあげてきて年季が入った「愛のかたまり」は、結構、固く定着してきて変化しようがなくなってきたモノかもしれない。